イチジやニジ、ヨンジの、失われた感情はどうなっているのか? というお話について。
 ワンピース第898話までのネタバレを含みます。
 
 

 第898話にて、ジェルマ66の兄弟達が、サンジの窮地を救うシーンが描かれた。
 その救出劇は中々に劇的で、今まで彼らに付きまとっていた「微妙に力不足」なイメージを払拭するに値するものだった。

 しかし、サンジの事を「出来損ない」と呼び、肉親としての情なぞ欠片も持ち合わせていなかったイチジ、ニジ、ヨンジが、なぜこんな行動を取るのか。

 勿論、ジャッジの指示と言ってしまえばそれまでではある。彼らは改造によって、ジャッジの指示に背くことが出来ない様に作られているから、彼がサンジを救えと言ったのならそうせざるを得ない。
 ジャッジ自身は何の感情制御も受けていない"人の子"なので、お茶会での一件を経て、我が子を救うべく動いてしまっても、まあさほど不思議はない。

 ただ、これには少し疑問点がある。ジャッジがこの場にいない事だ
 いや、勿論、ジャッジがこの場にいないのが悪いわけではない。船団の中にて砲撃指示を送っているのかもしれないし、「二度とサンジに近づかない」という約束を果たしているのかもしれない。
 問題は、その場にジャッジさえいなければ、おそらく彼の指示に背く事はできるという事だ。

 お茶会の前、第839話のヴィンスモーク家とサンジの食事会において、婚礼前の婿であるサンジの顔に蹴りを入れようとしたニジを、ジャッジは制した。
 その場は指示に従い矛を収めたニジだったが、その後ジャッジの目が届かない場所では、イチジやヨンジと共に、顔面が腫れ上がる程の暴行を加えていた。

 これを見ると、ジャッジ本人がいない場所では、彼の指示に背くことも可能なのではないかと思われる。同時に、彼らにとって本心としては、ジャッジの指示や思惑が絶対ではない事も分かる。仮に指示が届かずとも、ジャッジへの忠誠心を持っているならその意志に反する暴行を加えるとは思えないからだ。

 しかし今回、イチジ達はジャッジが居ない場所であるにも関わらず、サンジを救うために戦っている。これはもう彼ら自身の意志によりそうしていると考えていいだろう。

 遺伝子操作により感情を奪われていた彼らだが、ここに来て感情が戻りつつあるのかもしれない。

 お茶会にてシーザー護衛の任を命じられた時を思い出すと、レイジュがマムの"天上の火"を受けた際、ニジは彼女を心配する素振りを見せた。しかし、イチジはそれを制していた。

 ニジ 「レイジュ!!」
 イチジ「構うなニジ!!!
     弱い奴が悪い!! 任務を全うせよ!!!」
        ONE PIECE87巻 870話より
 ジャッジが息子達に望んだのは、ジェルマ王国を復活させるための"兵器"の様な戦士だった。本来、傷ついた見方を案ずる感情など、兵器には不要なハズ。この時点で、ニジの感情の操作は完全ではなくなっていたものと思われる。

 イチジに関しては、この時はジャッジが本来望んだであろう非情さを見せていた。しかしこの898話においては、もう完全にサンジを救うために戦っている。口ではあーだこーだと理由をつけていたが、オーブンをブチのめした直後には「飛べサンジ!!」と本音が漏れてしまっている。

 この辺りを見ると、感情を持たない戦争兵器としての姿はかなり薄まっている様に見える。勿論、ジャッジからの指示自体は受けて動いているんだろうが、およそそれだけとは思えない。
 単にお茶会での仮を返したいと思っているのか、サンジを救いたいと本心から思っているのかは分からないが、そこには確実に彼らの感情が絡んでいる

 お茶会において、サンジは自らが忌み嫌うジャッジ達を救った。
 そんな人間としての"情"に溢れた行動が、彼らの奥に封じられた感情を呼び覚ましたのかもしれない。

 だが、それだけではないのだと思う。ヴィンスモーク・ソラの最期の抵抗だ

 彼女は自身らの子を無感情なマシーンとするジャッジの計画に反発し、その野心を抑えるための劇薬を飲んだ。
 操作された血統因子に影響を及ぼすほどの劇薬だったが、そんな薬をもってしても、イチジ、ニジ、ヨンジの身体には操作の結果が正しく出てしまった。

 薬の影響はサンジにのみ発現し、彼は肉体・感情共に血統因子の操作の影響を受けない、普通の人間として誕生する事になる。

 しかし、本当にそうなのだろうか。
 実は、彼女の命懸けの抵抗は、彼ら3人の感情の封印にも影響を与えていたのではないか。

 本来なら、イチジら3人は、「可哀想」「哀しい」といった一切の情を持たずに生まれて来る手筈となっていた。しかし、ソラの飲んだ薬により、彼らの情は完全に取り除かれる事なく、封じられただけの状態で生まれたのだ。
 そして、そんな封じられた情は、彼女と同じ"優しさ"を持つサンジの行動により、徐々に引き出されたのではないか。感情が引き出される速度がイチジのみ遅れたのも、薬の影響に個人差があったからだ。

 ソラの"優しさ"が彼らに感情を持たせ、サンジの"優しさ"がその封印を解いたのだ
 
 今回のジェルマの救出劇の裏には、そんな事情があったのではないか。

 そして、今回久々の見せ場を貰えたジェルマだが、どうにも以前よりも強くなっている様に見える。
 ほとんど戦闘シーンを見せていなかったイチジはともかく、特にヨンジがユーエンを打ちのめす程の強さを見せたのには驚いた。

 もしかしたら、感情を取り戻し、サンジを「守る」という意志を固めた事が、彼らの持つ戦闘能力をより強大に高めたのかもしれない。
 何かを守るときに人は強くなるとはよく言うが、今まで感情などないままに力を振るっていた彼らでは、その戦闘能力の全てを引き出すことは出来ていなかったのではないか。

 ジャッジが最強の兵士を作るために施した「感情の操作」が、彼らの力に制約をかけてしまっていたとしたら、それも皮肉な話である。